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【 ネタバレ全開なのでご注意ください 】

『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』観てきました。スゴい映画でした。

「どんな話なの?」と聞かれたら、観た人全員が「・・・えーっと」となるぐらいゴチャゴチャしたこの映画、冷静になって極限まで話を整理すると、
①バットマンとスーパーマンの対決を主軸に、②その戦いの過程で今後脅威になるであろう敵の姿と、③今後仲間になっていくであろう新ヒーローたちの姿が浮かび上がってくる、という構造のはずなのですが、要素が多すぎて作品としては空中分解寸前。

①は2人の“正義”の対立構造が弱いので単に誤解から起こるケンカにしか見えないし(「誤解からの殴り合い」はアメコミでは定番のパターンですが)、②はルーサーが相当エグいことをしてるのに、全体の要素が多すぎてイマイチその凶悪ぶりが立たないし、ルーサーが提唱する「いずれ宇宙から来る外敵」も今作では影も形も出てこないので全然機能しないし、③はアクアマンやフラッシュたちが突然動画でインサートされるだけなので作中で浮きまくり。映画としては超イビツです。

が、そんなアンバランスさも含めて個々の要素が良かれ悪かれ超面白かったので、私は大いに楽しめてしまいました。なんというか、加点方式なら100点超・減点方式なら0点以下の珍作。

で、個々の要素をめちゃくちゃなバランスで無理やりくっつけて出来た映画である以上、作品全体としての評論はあまり意味を成さない(ていうか私にまとめる力量がないだけか)と思ったので、今回は作品を観て気になったところを羅列して終わりたいと思います。


■映画冒頭、スーパーマンを災害または怪獣映画の怪獣または911テロとして描く、という演出の着眼点はホントに最高。日本人の感覚で言ったらウルトラマンを大震災になぞらえて描写するようなもんだ。すんごい踏み込み方!
(『ガメラ3』はいち早くそこに切り込んでましたね)

■スーパーマンとバットマンの対立は、アメリカにおけるカンザスの田舎の正義感と、銃犯罪はびこる都市部の正義感、乱暴にまとめるなら「善を成せ」と「悪を討て」の対立であり、さらにカンザスの古き良き伝統的正義のほうだけが核ミサイル一万発分の力を得てしまったアンバランスさが面白いところだと思うんだけど、そのへんの対立構造がストーリーの流れの中でイマイチ明確化されず。
2人のヒーローのオリジンを浮き上がらせるために父を配置し、2人がお互いを理解しあうために母を配置する、という構成はめっちゃ良かったものの、かといってコミック界最強の2トップをもってきた割に2人の対決や共闘が超絶カタルシスを生むような場面もほとんどなく、共演によって両キャラの新たな魅力が浮き彫りになるでもなく、同一の世界観にキャラクターを合わせるために2人とも最後まで窮屈なまま話が終わる印象だった。

■2人が和解した後のバットマンの台詞、“Martha will not die tonight”は本当にサイコー。これは素晴らしかったし本気で鳥肌立った。
ある晩、理不尽な悪によりマーサという母親を失い、その事件をきっかけにヒーローを志した男が、目の前にいる超人もマーサという母をもつ「人間」であることに気付き、そしてそのマーサが理不尽な悪に殺されかけていることを理解する。目の前の超人も、彼自身の「マーサ」のために正義を成そうともがいているのだと知る。ここでバットマンは自分の暴走に気付き、半ばはスーパーマンに、半ばは自分自身に向かって宣言するのだ。今度はマーサを絶対に救ってみせる、ここで彼女を死なせるようなことがあればヒーローの名折れだ、と。泣けるぜ!!!!
・・・が、よくよく考えるとスーパーマンはバットマンの正体が有名人ブルース・ウェインだと気づいてる(バットマンにもブルースと呼び掛けてる)ので、バットマンがバトル中に「なぜお前がマーサ・ウェインのことを知っている!?」と切り返すのはどう考えてもおかしいよね。まあ細かいことは気にしない。

■中東でスーパーマンが陰謀にハメられる展開の弱さも気になる。あの事件のせいで一般市民の間でスーパーマンバッシングが巻き起こる、という場面がない(専門家が議論してるだけで市井の人が見えてこない)ので、ロイスが残された銃弾を頼りに必死になって事件を追う動機が弱すぎる。スーパーマンバッシングの理由を作るなら、メトロポリス大崩壊を使った方がよっぽど納得感も出たのでは?
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■メキシコの「死者の日」に女の子を救出したカットは最高!スーパーマンを崇拝する一般市民の純粋な想いを表現しつつ、同時にその異常性を浮き上がらせる。

■バットマンのキャラクターはノーラン版より断然好き。犯罪との長い戦いで過激化した老獪なダークナイトリターンズ版を踏襲し、初老のくせに筋肉を縒り合わせた荒縄みたいなムッチムチの体型で「悪人絶対殺すマン」と化して、悪者を容赦なく撃ち、爆破し、刺し、折る!ステキ!!!!

■とはいえ今作最大の拾い物は、誰がなんと言おうとワンダーウーマン。観る前はまったく期待してなかったのに、超カッコいい!!!!ズンドコズンドコギュイーン!!!みたいな超イカした音楽と相まって、ご本人登場シーンどころか写真に写ってるだけのシーンまでカッコいい。早く単体出演作を!←AVの話みたいだ
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■レックス・ルーサーのキャラクター、イイ感じのキャラ設定ではあるんですが、なんか微妙にジョーカーの影響が見えちゃって既視感ありありというか、魅力が薄い。

■ジェレミー・アイアンズのアルフレッド、ちょっとロバート・ダウニーJr.に似てない?

■ロイス・レーン、前よりブスになってない?

■え!!!???世界的超大企業レックスコープのサーバールームは厨房のとなりで無施錠!?

■バスタブでのクラークとロイスのセックス(寸前)シーン。ザック・スナイダーはインタビューで「今作を撮るにあたり、マーベルがこうやってるから違うことしようとか、別のアプローチを探ろうとか、そういう意識はしてないよ」と言っていましたが、このシーンはマーベル作品との差別化アピールでは・・・と邪推。

■ラスト手前。スーパーマン死亡のモニュメントの周囲に人々が集まり、何の力も持たない一般人ひとりひとりの心にスーパーマンの成した正義の意志が灯っていく、という演出はよかった。でもこの作品では最初から最後まで一般人が前面に出てくる場面が一度もないので、この演出が作品内できちんと機能しているかというとそうでもない。

■コミックス「ダークナイト・リターンズ」の影響が色濃いシーンがチラホラ。アーマードバットマンのデザインはもちろん、スーパーマンが核ミサイルに焼かれてから太陽の光で復活するシーンも。葬儀した直後に実は・・・というラストシーンも「デス・オブ・スーパーマン」より「ダークナイト・リターンズ」の裏返しという見方もできるかも。


■で、ここからは根本的な問題なのですが、私はこの作品を大いに楽しんだ上で、「別に作らなくてよかったんじゃね?」とも思っています。

DCヒーローは並べたときにアベンジャーズと比べてキャラ間の性能差があまりに大きすぎる、ていうかバットマンのみ突出して物理的に脆いので、ジャスティス・リーグ方向に舵取りをしてしまうと、バットマンがカッコよく活躍できる場面が想像できないのです。今後アクアマンとか加入していったらなおさら。しかもルーサーの口振りからすると次回の敵も宇宙から来る超絶ヤバい奴系でしょ?大丈夫なのバッツ???

マーベルのビジネスパターンに対抗せず、個別キャラが自分に最適化された世界の中で活躍するほうが、DCキャラ的にはよかったんじゃないのかなあ、と素人心に勝手に心配してます。まあ、マーベルのビジネスパターンのほうが安定してお金が稼げる、ってのは分かるのだけれども。
DC的には大英断だと思いますが、これが吉と出るか凶と出るか。唯一つ言えるのは、どうせ私は観に行くので早く次を作ってくれ!ということです。

ジャスティス・リーグ、全力でお待ちしてます!
 

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